イェジー・グロトフスキ(Jerzy Grotowski, 1933–1999)
イェジー・グロトフスキは、ポーランドの演出家・演劇理論家であり、20世紀演劇に革新をもたらした重要な人物の一人です。彼の「貧しい演劇(Poor Theatre)」の概念は、俳優の身体性や表現力を極限まで追求し、演劇を本質的な要素にまで削ぎ落とすアプローチとして知られています。
主な業績と影響
1. 実験劇場「13列劇場(Teatr Laboratorium 13 Rzędów)」
1959年、ポーランドのオポーレで劇団「13列劇場(後に実験劇場 Teatr Laboratorium に改称)」を創設し、独自の演劇手法を確立しました。彼は、俳優と観客の関係性を革新し、俳優の肉体的・精神的な訓練を重視する手法を確立しました。
2. 「貧しい演劇(Poor Theatre)」
グロトフスキは、舞台装置や衣装、照明などの外的要素を最小限に抑え、俳優の身体・声・精神性によって演劇を成立させる「貧しい演劇」を提唱しました。彼にとって、演劇の本質は「俳優と観客の直接的な交流」にあり、俳優の徹底的な自己探求と表現が求められました。
3. 代表作
- 『アクロポリス』(Akropolis, 1962)
スタニスワフ・ヴィスピャンスキの戯曲を原作とし、アウシュビッツを舞台にした衝撃的な演出が話題に。 - 『ドクトル・ファウストゥスの悲劇』(Tragiczne dzieje Doktora Fausta, 1963)
クリストファー・マーロウの『ファウストゥス博士』をグロトフスキ流に再解釈。 - 『イェルマ』(Jeryma, 1968)
フェデリコ・ガルシーア・ロルカの戯曲をもとにした作品。 - 『アポカリプシス・クム・フィグリス』(Apocalypsis cum figuris, 1969)
キリスト教的モチーフをベースにした代表作であり、グロトフスキの演劇理論の集大成的作品。
4. 演劇からリチュアル(儀式)へ
1970年代以降、彼は従来の演劇活動から離れ、俳優と観客の関係を深化させる「パルテイシパトリー・シアター(参与演劇)」や「リチュアル(儀式的演劇)」へと関心を移しました。ブラジルやイタリアなどで「演劇を超えた演劇(Theatre of Sources)」や「行為の芸術(Art as vehicle)」といった実験的なプロジェクトを展開しました。
グロトフスキの影響
グロトフスキの演劇哲学は、世界中の演劇人に大きな影響を与えました。特にピーター・ブルック、リチャード・シェクナー、アリアーヌ・ムヌーシュキンなどの演出家や、エウジェニオ・バルバ(助監督として活動)による「演劇人類学」にも強い影響を及ぼしました。
また、日本では鈴木忠志が彼の影響を受け、「鈴木メソッド(Suzuki Method of Actor Training)」を開発するなど、身体性を重視する演劇手法の発展にも寄与しました。
まとめ
イェジー・グロトフスキは、俳優の身体と精神の可能性を徹底的に追求し、演劇の枠を超えた表現へと発展させた革新的な演劇人でした。彼の「貧しい演劇」の概念や俳優訓練法は、現代演劇に大きな影響を与え続けています。
