この章では、アメリカの舞台美術デザインにおいて重要な役割を果たしたデザイナーとその作品について述べられている。特に、ミン・チョー・リーの影響を受けたデザイナーたちと、独自のスタイルを確立したエイドリアン・ロベル、ジョージ・ツィピン、ロバート・ウィルソン、ジュリー・テイモアの活動が紹介されている。
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ミン・チョー・リー(Ming Cho Lee, 1930–2020)
ミン・チョー・リーは、アメリカの舞台美術デザインにおいて重要な役割を果たしたデザイナーであり、イェール大学で多くの才能を育てた教育者でもあった。彼のデザインは、抽象的かつ象徴的な舞台美術を特徴とし、単なるリアリズムにとどまらない劇的な空間を作り出した。彼の影響は、彼の門下生であるエイドリアン・ロベルやジョージ・ツィピンにも大きな影響を与えた。
ミン・チョー・リーの門下生
エイドリアン・ロベルやジョージ・ツィピンなど、多くのデザイナーがミン・チョー・リーの指導を受け、彼の美学を受け継ぎつつも、独自のスタイルを発展させた。彼の教育を受けたデザイナーたちは、舞台空間の大胆な活用や象徴的なビジュアルデザインを特徴とし、アメリカの舞台美術に多大な影響を与えた。
エイドリアン・ロベル(Adrianne Lobel, 1955年生)
エイドリアン・ロベルは、ミン・チョー・リーの指導を受け、1978年にイェール大学で最初の作品をデザインした。1980年代に演出家ピーター・セラーズと協力することで、彼女のキャリアは大きく発展した。
代表作:
オペラ 『ニクソン・イン・チャイナ』(1987年)(ピーター・セラーズ演出)では、アメリカ大統領専用機のリアルな再現を舞台美術として採用。
『フィガロの結婚』では、ニューヨークのトランプ・タワーのアパートを舞台に現代的な解釈を行った。
『コジ・ファン・トゥッテ』(1986年)では、舞台をニューハンプシャー州のダイナーに置き換えるなど、現代のリアルな空間を舞台に転用する手法を特徴とした。
彼女の舞台美術は、写真のようなリアリズムを舞台上で再現するスタイルを特徴とし、セラーズの革新的な演出を視覚的に支えた。
ジョージ・ツィピン(George Tsypin, 1954年生)
ロシア生まれのジョージ・ツィピンは、建築を学んだ後、ニューヨーク大学で舞台美術を学び、1985年からピーター・セラーズと共に仕事をするようになった。彼のデザインは、建築的な構造と異なる歴史的要素の融合を特徴とし、舞台空間の造形に重点を置いている。
代表作:
『ドン・ジョヴァンニ』(セラーズ演出)では、舞台をハーレムのストリートに設定し、ドラッグや暴力の世界を反映。
『聖フランチェスコ』(1992年)では、舞台を未完成の大聖堂の足場のようにデザイン。
『指環』四部作の『ラインの黄金』(1997年)では、オペラの神話的世界を建築的な構造で表現。
『戦争と平和』(2000年)では、ガラスの柱や惑星、クリスマスの飾りのような幻想的なデザインを採用。
『ウエスト・サイド・ストーリー』(2002年、ブレゲンツ音楽祭)では、9.11の影響を受けた鉄骨の巨大な構造を舞台に使用。
彼は、舞台美術の枠を超え、建築的な要素と象徴的な空間を融合させたデザインで知られている。
ロバート・ウィルソン(Robert Wilson, 1941年生)
ロバート・ウィルソンは、アメリカではあまり活動せず、ヨーロッパを中心に活躍した舞台演出家・デザイナーである。彼は、舞台美術、演出、執筆のすべてを手がけ、視覚的なイメージを中心に作品を構築するスタイルで知られる。
映像のように非現実的な舞台美術
極端にスローモーション化した俳優の動き
時間と空間の概念を問う演出
代表作:
『カ・マウンテン』(1972年) – 7日間にわたるパフォーマンスをイランで上演。
『アイシュマンの一瞥』(1972年) – 視覚的な比喩を多用。
『アインシュタイン・オン・ザ・ビーチ』(1976年) – フィリップ・グラスと共同制作し、オペラの概念を覆す。
また、彼はオペラ演出にも進出し、ワーグナー、プッチーニ、ストラヴィンスキーなどの作品を手がけた。さらに、トム・ウェイツ、ウィリアム・バロウズ、スーザン・ソンタグなど、舞台以外の分野のアーティストともコラボレーションを行った。
ジュリー・テイモア(Julie Taymor, 1954年生)
ジュリー・テイモアは、パペット(人形劇)、仮面、アジアの芸術を取り入れた独自の演劇スタイルで知られ、『ライオン・キング』の演出で世界的な名声を得た。
特徴:
仮面やパペットの活用
抽象的な動きと空間の演出
非西洋的な物語手法の採用
幼少期から芸術教育を受け、フランスのジャック・ルコック国際演劇学校でパントマイムを学び、インドネシアではW.S. レンドラに師事。彼女の演劇は、アジアの伝統芸能の影響を強く受けている。
代表作:
『ライオン・キング』 – アフリカの文化と西洋演劇の融合
『魔笛』(メトロポリタン・オペラ) – 日本の歌舞伎の要素を採用
彼女は、舞台美術家ジョージ・ツィピン、リチャード・ハドソンらと協力し、視覚的に独創的な舞台を作り上げている。