アメリカのニューステージクラフト(New Stagecraft)とは、20世紀初頭にアメリカで広まった新しい舞台美術の潮流で、19世紀の写実主義的な舞台美術からの脱却を目指した運動です。ヨーロッパの舞台美術改革の影響を強く受け、特にアドルフ・アッピアやゴードン・クレイグの理論を取り入れながら、アメリカの演劇界に新しい美意識をもたらしました。
ニューステージクラフトの特徴
- 写実主義からの脱却
- 19世紀の舞台美術は、細部までリアルに再現したボックスセット(箱型舞台装置)が主流でした。しかし、ニューステージクラフトでは、抽象的なデザインや象徴的な装置を導入し、物語のテーマや登場人物の心理を視覚的に表現するようになりました。
- 光の重要性
- アドルフ・アッピアの影響を受け、舞台照明を舞台装置の一部として活用する手法が発展しました。光と影を利用することで、舞台空間の奥行きを強調し、ドラマチックな効果を生み出しました。
- たとえば、ロバート・エドモンド・ジョーンズは、光を「風景の一部」として扱い、場面のムードを演出することに長けていました。
- ミニマリズムと可変性
- シンプルな背景や構造物を使用し、場面ごとに装置を動的に変化させることが一般的になりました。
- ジョー・ミールジナーは、透過性のあるスクラム(薄い布幕)を活用し、照明によって異なる空間を作り出す技法を発展させました。
- 舞台空間の構造的な革新
- 19世紀的な「部屋の中をそのまま舞台に再現する」スタイルから、「空間を大胆に再構成する」デザインへと移行しました。
- ベル・ゲデスのようなデザイナーは、ステップやプラットフォームを多用し、抽象的な空間を作ることで、演劇の動きやシンボリズムを強調しました。
- ヨーロッパ演劇の影響とアメリカ独自の発展
- ニューステージクラフトは、ヨーロッパの象徴主義や表現主義の影響を受けながらも、アメリカ独自の演劇文化に適応しました。
- 例えば、アメリカの**商業演劇(ブロードウェイ)**にも取り入れられ、演劇の大衆化と美術の革新が並行して進みました。
ニューステージクラフトを代表するアメリカの舞台美術家
- ロバート・エドモンド・ジョーンズ(1887-1954)
- ニューステージクラフトの代表的なデザイナー。**『楡の木陰の欲望』(1924年)**などで、象徴的な舞台装置を用いた。
- リー・サイモンソン(1888-1964)
- ニューヨークのシアター・ギルドの主要デザイナー。**可変的なプロセニアム(舞台枠)**を用いた舞台美術で知られる。
- ノーマン・ベル・ゲデス(1893-1958)
- モダンな舞台空間を設計し、照明を駆使したダイナミックな空間演出を行った。
- ジョー・ミールジナー(1901-1976)
- 照明と透過性のあるセットを活用し、心理劇に適した舞台デザインを発展させた。
ニューステージクラフトの意義
ニューステージクラフトは、単なる美術のスタイルではなく、「演劇の見せ方」そのものを変えた運動でした。リアルなセットに頼らず、照明や構造を工夫することで、演劇の空間をより詩的で象徴的なものへと変化させました。これにより、舞台美術が単なる背景ではなく、物語の表現そのものになるという新しい概念が生まれたのです。
この影響は、現代演劇の舞台美術にも受け継がれ、今日の劇場で見られる抽象的なセットや光を駆使した演出の多くは、ニューステージクラフトの成果と言えます。