9_叙事詩的演劇(エピックシアター)

エピックシアターとは?

エピックシアター(叙事詩的演劇、Epic Theatre)は、1920年代に**エルヴィン・ピスカトール(Erwin Piscator)ベルトルト・ブレヒト(Bertolt Brecht)**によって発展した演劇スタイルです。
観客を感情移入させずに批判的な視点を持たせ、社会や政治について考えさせることを目的としています。
従来のリアリズム演劇や感情的に浸らせる演劇とは異なり、「物語を冷静に分析し、社会問題に向き合わせる」という特徴を持っています。


ピスカトール(Erwin Piscator)の役割

1. 政治的演劇としてのエピックシアターの創始

ピスカトールは、エピックシアターの原型を作った人物であり、彼の演劇はプロレタリアート(労働者階級)向けの政治的演劇でした。

  • 演劇を社会変革の手段と考え、政治的メッセージを重視しました。
  • 彼の演劇は、感情的に訴えるのではなく、「冷静に事実を見つめ、社会を分析すること」を目的としていました。

2. 舞台技術の革新

ピスカトールの演出には、次のような技術的な特徴がありました。

  • 映像の投影(ニュース映像やプロパガンダ映像の使用)
    → 映像を舞台装置の一部として使い、観客にリアルな情報を与える
  • ナレーションの使用(解説者が状況を説明する)
    → 物語を中断し、観客が客観的に状況を理解できるようにする
  • 可動式舞台・回転舞台の活用
    → シーンを素早く切り替えることで、テンポよく情報を提示

彼の劇場「ピスカトール・シアター(Piscator Theatre)」では、映像と演劇の融合、機械仕掛けの舞台、ドキュメンタリー的手法を用いた演劇が上演されました。
たとえば**『シュヴァイクの戦争』(1928)**では、戦争の愚かさを描くために、映像と演技を組み合わせた演出が行われました。


ブレヒト(Bertolt Brecht)の役割

1. 「異化効果(Verfremdungseffekt)」の提唱

ブレヒトは、ピスカトールの技術を発展させ、より理論的なアプローチを行いました。
彼の演劇では、観客が登場人物に感情移入せず、冷静に劇を分析できるようにすることが重要視されました。
そのための技法が「異化効果(Verfremdungseffekt, V-Effekt)」です。

異化効果とは?

  • 役者が突然観客に話しかける(第四の壁を破る)
  • 物語の途中でナレーターが説明する(先に結末を明かすこともある)
  • 歌や看板を使い、物語の進行を「演出されたもの」と意識させる

これにより、観客が「これはフィクションだ」と理解しつつも、登場人物の行動や社会問題を客観的に考えるようになります。

2. 代表作とその特徴

  • 『三文オペラ』(1928)
    • カスパー・ネーア(Caspar Neher)がデザインした「非装飾的な舞台
    • 物語は犯罪者と腐敗した社会を描くが、ユーモラスで皮肉な視点を持つ
  • 『母』(1932)(ゴーリキーの小説を元にした作品)
    • 労働者階級の視点を強調し、政治的メッセージを込めた
  • 『ガリレオの生涯』(1943)
    • 科学と権力の関係を描き、知識人の責任について問いかける

ブレヒトは、観客に「今、目の前で起きていることは何なのか? 何をすべきか?」と考えさせることを目的としていました。


ピスカトールとブレヒトの違い

ピスカトールブレヒト
目的労働者階級に向けた政治的演劇観客が社会を客観的に考える演劇
手法映像、映写、ドキュメンタリー手法の活用異化効果(V-Effekt)、歌・ナレーションの活用
舞台デザイン機械仕掛けの舞台、可動式舞台シンプルで非装飾的な舞台
観客の役割情報を受け取り、政治的に行動する批判的に考え、社会の矛盾を理解する
代表作『シュヴァイクの戦争』(1928)『三文オペラ』(1928), 『ガリレオの生涯』(1943)

ピスカトールは技術的な革新をもたらし、ブレヒトはその思想を理論化し、より洗練された形にしたと言えます。


エピックシアターの現代への影響

エピックシアターは、現代の演劇、映画、広告、ドキュメンタリーなどの多くの分野に影響を与えています
例えば、

  • 映画のナレーション手法(例:『華氏911』や『ドント・ルック・アップ』など)
  • メタ演劇(Meta-theatre)(観客に「これは演劇である」と意識させる演出)
  • 社会問題を扱う演劇作品(現代の政治劇、ドキュメンタリー演劇など)

エピックシアターは単なる演劇手法ではなく、社会と演劇の関係を見つめ直す哲学として、現在も活用されています。


まとめ

ピスカトールは、政治的メッセージを重視し、映像や技術を駆使した舞台を作った。
ブレヒトは、「異化効果」を用いて、観客が劇を批判的に分析することを目的とした。
✅ どちらも観客を感情移入させず、社会問題を考えさせる演劇を目指した。
現代の演劇や映画にも影響を与え、社会的なテーマを扱う作品の基盤となっている。

ピスカトールが技術と舞台デザインで革新をもたらし、ブレヒトがそれを理論化し、洗練させたことで、エピックシアターは今もなお演劇の重要な手法として受け継がれています。

9_叙事詩的演劇(エピックシアター)(画像)

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