第4章では、1640年から18世紀初頭にかけてのフランスと神聖ローマ帝国における舞台デザインの発展について解説している。特に、舞台美術、バレエ、舞台機構、照明技術、貴族文化などに焦点を当て、両地域における劇場空間の発展を比較している。
1. フランスにおける舞台デザインの変革
ジャコモ・トレッリの登場
- 1645年、イタリアの舞台美術家ジャコモ・トレッリ(Giacomo Torelli)がパリに到着。
- 彼の登場により、フランスの舞台美術は大きく変化した。
- 特に新古典主義演劇の「統一された時間・場所・行為の原則(三一致の法則)」を覆し、
異なる空間を同時に表現する手法を導入した。
トレッリの具体的な舞台デザイン
- 皇帝が戦勝の知らせを受ける場面
- 牢獄の場面
- これらのシーンでは、透視図法を活用した奥行きのある舞台美術が用いられた。
2. バレエとオペラの発展
バレエの役割
- フランスでは、バレエが宮廷祝祭の中心的な芸術形式となった。
- 特にイタリアのオペラ団がフランスで公演を行うようになると、舞台美術の発展が加速しました。
- ガスパール・ヴィガラーニ(Gaspare Vigarani)は、ボーリュー夫人の支援を受け、イタリアからの劇団と共に舞台装置を改良した。
オペラと舞台機構の進化
- イタリアオペラの影響により、舞台の転換機構が発展。
- 特に、舞台装置の移動や背景の変化を可能にするメカニズムが取り入れられた。
3. 透視図法によるイリュージョン効果
遠近法の発展
- この時代の舞台美術では、透視図法(線遠近法)を用いて奥行きのある空間を表現する手法が発展した。
- 特に、カルロ・ヴィヴァルディ(Carlo Vigarani)やジャン=ニコラ・セルヴァンドン(Jean-Nicolas Servandoni)といった舞台美術家たちが活躍し、視覚的なイリュージョン効果を生み出した。
ヴェルサイユ宮殿での祝祭劇
- ヴェルサイユ宮殿では、庭園を利用した大規模な舞台空間が設けられた。
- 噴水やカスケード、照明効果を駆使し、自然と舞台美術を融合させた壮大なスペクタクルが演出された。
4. 神聖ローマ帝国における舞台デザイン
ビビエナ家の登場
- 神聖ローマ帝国では、イタリアの影響を受けつつ独自の舞台美術を発展させた。
- 特に、ビビエナ家(Bibiena family)が生み出したバロック様式の舞台デザインはヨーロッパ中で絶賛された。
ビビエナ家の舞台デザインの特徴
- 大胆な透視図法(複数消失点の遠近法)
- 豪華な装飾と立体感のある舞台美術
- 観客を圧倒する壮麗な視覚効果
5. 舞台機構と照明技術の進化
舞台装置の機構化
- フランスと神聖ローマ帝国の舞台美術は、機械的な装置を導入することで演出効果を飛躍的に高めた。
- 特に、雷や稲妻、火などの特殊効果を生み出す仕掛けや、人物の昇降機構などが導入された。
照明技術の進化
- 当初はロウソクや油灯が主流だったが、18世紀初頭にはガス灯の実験的使用も始まった。
- 照明を利用した劇的効果や、人物に対する光の演出が次第に重要視されるようになった。
6. 観客席デザインの変化
身分による座席区分
- 劇場の観客席デザインにも大きな変化が見られた。
- 貴族・富裕層は舞台に近い席を占め、一般市民は後方や2階席などに配置された。
- この座席区分は、劇場が宮廷文化の象徴であったことを反映している。
劇場の規模拡大
- 特にヴェルサイユ宮殿では、5000人以上を収容できる巨大劇場が設けられ、宮廷文化の権威を誇示する手段として舞台芸術が利用された。
7. バロック様式舞台美術の社会的役割
- フランスと神聖ローマ帝国における舞台美術は、単なる演劇空間を超え、宮廷権力の象徴としての役割を担っていた。
- 透視図法による奥行き表現、大掛かりな舞台装置、豪華な装飾は、王権の威光を視覚的に示すために用いられた。
- また、オペラやバレエといった新たな舞台芸術が発展し、観客体験の向上と視覚的イリュージョンの追求が同時に進められた。
まとめ
- フランスでは、ジャコモ・トレッリによる舞台転換技術や宮廷バレエの発展を中心に、視覚的イリュージョンと豪華な装飾が重視された。
- 神聖ローマ帝国では、ビビエナ家による大胆な透視図法と壮麗な舞台美術が発展し、ヨーロッパ中の劇場に大きな影響を与えた。
- 舞台機構や照明技術も進歩し、特殊効果や劇的演出が実現された。
この時代の舞台美術は、権力の象徴としての役割を担いながら、視覚的イリュージョンと観客体験の向上を追求した芸術の一環だったといえる。